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Interview with Mirai Suzuki 鈴木みらい
Chapter1 インターナショナルスクールの思い出
●小・中学校をなぜインターナショナルスクールへ?
小学1年のときは普通に日本の学校に通っていたんですけど、進学校で規則も厳しくて…。なので2年からインターナショナルスクールに、親の意向なんですけど。学校では基本的に全部英語で、日本語のための授業もありました。急に変わったのでびっくりしましたね。なんにも英語しゃべれないのに、算数も理科も社会も、全部英語だったんです。家に帰ってくると日本語。毎日、外国に行っているみたいな感じでした。

●同級生は何人くらいいたんですか?
少ないクラスは6人しかいないところもあって、全部で40人くらいでした。あの頃はまだインターナショナルスクールは知られていなかったですから。でも、イスラム教の人もいるし、キリスト教の人もいるし、もういろいろ。だから給食も何種類かあるんです。いろんな人がいるから差別はないし、とても仲がよかったですね。今も連絡とりあっていますよ。

●では、小・中学と行って、また高校で“日本”に戻ってきたんですね。
高校も、普通科などと同じようにあるアングロ・アメリカンという科に入ったので、そこも全部英語だったんです。でも、そこで初めて漢文や古典が登場して困りましたね。日本語でも中国語に見えちゃうんです。
●今は日本語のほうは大丈夫ですか?
“みそしる”とか漢字で書けないです(笑)。漢字で書くべきものをカタカナで書いちゃったりして。小学校からの友だちは、みんな日本語がどこかヘンなんですよ。メールも笑っちゃうような言葉が入っている。ヘンに丁寧になっちゃって“どうも失礼いたします”とか使って、ここで使う言葉?!と思ったり。“は”とか“が”の使い方がオカシイ。自分のホームページ(http://www.miraisuzuki.com/)で日記を書いているんですが、事務所で一度そのあたりのチェックをしてもらってからアップしています。でも最近はだいぶよくなってきましたよ。
●歌詞を書くのは小学生のときからやっていたんですよね。
やってました。学校でも交換小説とか交換マンガが流行っていました。いろんな人がどんどんページを変えて次々に書いていくんです。先のストーリーが読めない。だんだん変わっていくんですね。その頃から、みんなで詩も書いていました。学校でも表現の勉強として、モノや音を題材に詩を書く授業があって。そのあたりの経験がきっかけになっていますね。
今でも山から下りればコンビニがないとダメな人間だし、ぜんぜん進化しないんですけど。でもそうやって少しずつ自分自身のフィロソフィーがつくられてきているんです。

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