SPICE 生活の隠し味 知っ得!マガジン コラム生活百科お困り百科サイトマップ セブン–イレブンネット

BALI 心の故郷
微笑みは心を癒してくれる

 1971年、ロバート・ハリスは、初めてバリ島を訪れる。当時、バリ島はヒッピーの間で、「楽園」とか「聖地」として語り継がれていた。東南アジアを放浪していた時に聞いた「楽園」という言葉は、心身共に疲れていたロバート・ハリスの耳に響き渡る。
果たして「楽園」は存在するのか?自分の磁石に半信半疑を持ちつつ、バリ島に向かう。 当時、交通手段が限られていたため、ジャワ島からフェリーでバリ島に渡った。
夜中3時、彼も含め大勢のヒッピー達を乗せたフェリーは、バリ島に到着した。旅人達は、街に向かうためそのままバスに乗る。
「楽園」との出会いはそこからはじまる。「その夜、街に向かうために、僕を含めてたくさんのヒッピー達がバスに乗り込んだ。バスの中は、初めて訪れるバリ島への期待感で、いっぱいにふくれあがっていたようにも感じられた。残念なことに、暗くて景色は見えなかった。僕達を乗せたバスは、そんなことおかまないなしに、すごいスピードで街に向かっていた。突然、運転手が途中でバスを止めて、僕達に、『降りろ』と言う。窓の外を見ても街に着いた様子はない。わけもわからず、ただ運転手にうながされるように、僕達は降りた。『何をされるんだろう?』って不安にかられながらバスを降りると、僧侶と、黄色い民族衣装に身を包んだバリの女の子達がいた。僧侶はまず僕達を聖水で清めてくれた。頭にお花をのせて、きれいなお化粧をした女の子は、素敵な笑顔と共に、僕達に花をくれた。彼女達の無償の笑顔と、微笑んだ口元からこぼれる真っ白い歯を見た瞬間、僕は幸せに包み込まれ、楽園に来たって感じた」
 到着したその日の夜中、彼らは、この島を訪れた見知らぬ旅人を歓迎するために、待っていてくれた。東南アジアの旅で、心身共に疲労がピークに達していたが、バリ島の人々の無償の笑顔と歓迎は、心を和ませてくれた。

しかし、バリ島が見せた楽園はこれだけではなかった。
「街に向かい、クタまで行くと、広大な緑の段々が連なるライステラスと、真っ青な海がどこまでも続く海岸が両脇にあって、きれいな景色が広がっていた。本当に楽園だなあと確信をした」
しばらくして、ウブドゥを見つけた。
「当時のウブドゥは、まだ水道も電気も通ってなかった。一軒しかないチャンデリというおばさんが経営している安宿に泊まった」
チャンデリの宿はヒッピー仲間の間で伝えられていて、「バリ・ウブドゥに行くならチャンデリの所に行け!」というのが決まり文句だった。チャンデリは訪れる旅人を心から喜んで受け入れてくれた。
「宿に集まった仲間達と、精神論や人生論を語り合った。夜中過ぎまで、ろうそくをともして語り合っていると、外では虫の声が聞こえたり、カエルの鳴き声も聞こえたりして、なんだか『心の故郷』に帰って来た気がした。本当に『一生ここで暮らしたい』って思ったよ」
ウブドゥが持つ自然の安らぎは、訪れる者を静かに、優しく包み込んでくれる。 ロバート・ハリスにとって、ウブドゥは、第二の故郷だという。
「ウブドゥに帰ると本当に落ち着く。ヨコハマという大きい町に住んでいた僕にとって、ウブドゥのスケールはちょうどいい。住人の素朴さとスマイルが大好きなんだ。田んぼに赤とんぼ、カエルがいて、まるで日本の田舎を思い出させる。バリの文化と椰子の木がうまくミックスされて、何ともいえず、いい感じなんだ」
 バリの話になると、彼の言葉は止まらない。
1971年に、ジャワ島からフェリーで到着してから、バリ島に約一年間滞在した。バリにはこれまで50回ほど訪れている。
 ロバート・ハリスは都会での仕事の疲れをほぐすため、休みを見つけては、バリ・ウブドゥに帰る。バリに行くことは、自分自身を「原点に回帰させる」ための儀式のようである。
世界中の旅を通して見つけた場所の中でも、彼にとって、バリ島は特別な意味を持つ。人々の笑顔と優しさやウブドゥの広大な緑の景色は、ロバート・ハリスの心を癒す「心の故郷」という大きな財産となった。

プロローグ インデックス  
バリ シドニー モロッコ アドバイス
カフェ クラブ ブックショップ エピローグ

HokenStore

HOMETOP BACKNEXT













Copyright (c) 2002 Mitsui Sumitomo Insurance Co.,Ltd. All rights reserved.